WOODHOUSE株式会社

日本一の感動のもつ鍋処「陽はまたのぼる」竹田を元気にするホルモン焼屋「星の輝く空

The innovators yoshinori ujita

革新者 氏田善宣とは?

初めまして、氏田善宣(ウジタヨシノリ)です。 この文を読んで頂き本当にありがとうございます。
まずは、簡単な自己紹介をさせてください。
昭和58年 5月28日生まれ 現在32歳です。
趣味は、志事  好きな食べ物は  鍋全般
簡単な自己紹介でしたが(笑)
趣味は志す事と書いて、シゴトです!
簡単に言えば覚悟を決めた事しかしないって事です。世間一般でいう仕事の事を指すのですが、覚悟を決めた仕事しかしないんです。
現代は多くのやり方やノウハウが飛び交っています、悲しい事にただそれだけの為に仕事をしている人が多すぎると僕は思います。
覚悟を決めれば、やり方やノウハウは後から必ずついてきます。
だから、僕は志事を常に意識して、毎日楽しく過ごしているんです。

小さい頃の僕は、素晴らしすぎるぐらい活発でやんちゃな少年でした。ケンカは上級生にも負けない。ある日上級生にケンカで勝つと先生にぶちのめされたのを今でも覚えてます。その時の先生の一言「調子にのるな」この言葉が自分の挑戦心に蓋をされたと今は思います。子供が調子にのるのが何が悪い?今だったら先生に言えます(笑)
理由も聞かず、上級生を殴った自分が悪いといった先生。
その時は、その上級生が大事な親友を泣かしたから!そこにはしっかりした理由があった。

現代の大人は忙しい! その一瞬、一瞬の判断に過ちがあった事にも気づかず毎日を過ごしています。自分の考えを押し付ける。押し付ければ早くその場は解決するから。

そんな経験があったからこそ、僕は仲間の想いをしっかり聞き取る事にめちゃくちゃ時間をかけますし、自分の想いもしっかり愛をもって心から伝え、相手の想いも愛をもって聞くようにし、わかりあうまで話をする事を心がけています。

小学生になり 一代で林業を始めた親父の事業はうまくいかない事だらけで、毎日、親父と母さんの夫婦喧嘩を涙をながし、隠れてみていたのを思い出します。
炊飯器が飛ぶ、皿が飛びまくる、ガラスが割れまくる、がっちゃがっちゃヤクザがくる、「人方の敷地に一歩も入るな」とブチ切れる。
それはそれは、非行に走る暇もないぐらい毎日ケンカの嵐でした。
その時は、あまり感じなかったですが貧乏だった。
給食費が払えないと何度も先生に言いました。その先生はいつも「心配せんでいい大丈夫やけん、先生が払っとくからね」そう笑顔で言ってくれました。

今思うと、この先生が大好きだったのは、自分がこういう人間になりたい、こんなあったかい人間になりたいと思っていたからだって気づきました。
1週間毎日、畑の野菜のみの鍋を食べた事もあった。

中学校にあがりドラムを買ってもらいたかった僕はお金がないのは、承知で親父に「ドラム買って」と頼んだ時、悩んだ末に、次の休みの日に車で楽器屋さんまで連れていってくれた親父、楽器屋さんの前に、アイフルで車を停め、車をでて5分何事もなかったかのように、楽器屋につきドラムを買ってくれた。
その時は、何もしりませんでしたが、やっとこの年になり親父のかっこよさを知る事ができました。
現代は物事が良い悪いで人を判断したり、人生の岐路や道に迷った時にも良いや悪いで判断する。しかし親父のこの行動は、良い、悪いで判断すると悪いになると思う。

だから僕は、そんな難しい事を言わず「かっこいいか」「かっこわるいか」で物事と判断するようにしています。

例えば(A君)好きな子がいる、告白したいけどできない。 明日は卒業式。 もしふられたら二度と会えないかもしれない!だから悩んだ結果告白しませんでした。自分では良かったと思う(B君)同じシチュエーションで、 男としてもしフラれても勇気をだして告白した自分を、自分がカッコいいと思うから俺は告白した。結果フラれたけどかっこよかった。これがシンプルでいんです。

そこから、高校卒業 → 専門学校中退 → 林業 → 福岡飲食修行 → 故郷竹田市に出店と人生は進んでいきます。

今までの人生で、一番の転機は、故郷の竹田市にお店を開店した事です。
長年修行した福岡での飲食店開業を夢に頑張ってきた自分が、故郷の過疎化が進む町をみて「この町の未来はどうなるのか?」心で感じたあの瞬間。

周りからみればダサかった。沢山の人に言われた。
「お前は頭が大丈夫か。」「飲食店は市場が命! 竹田市は絶対無理!」「経営していけるわけないやん」「一人で貧乏すればなんとかやれるかもな笑」そんな人から言われる事と、まったく同じ事を言ってる自分に気づいたりしました。周りからみればダサいんじゃなく自分が、今まで都会で飲食をやってきたのに、こんな田舎で飲食をやるなんてダサいと自分で一番思ってた。だけどリトル氏田が言いましたよ。「かっこいいやん」って「むっちゃかっこいいやん」ってその心で感じた事には嘘はつけませんでした。銀行もどこも相手にしてくれなかったけど、お金をためて自己資金で手作りで店をつくりました。

それからはいろいろありました、
2年で4店舗出店!
第9回居酒屋甲子園日本一
竹田市より特別功労賞を頂いたりと本当に感動し涙を流す事が、格段に増えました。

周りからみれば、順風満帆な流れのようにみえますが、それはそれは思いだしただけでもあの瞬間には戻りたくないわ~と顔がひきつるような、出来事は何回もあります笑

しかし、竹田市からスタートして現在に至り本当によかったと言えるのは、大事な大事な仲間がいるからです。
故郷の事を大好きな仲間が沢山います。
小、中、高の同級生が現在は8人(MAX10人)います。笑
ほとんどの仲間が長年勤めた会社を辞め、泥舟のうちの会社に飛び乗ってきてくれました。世界一周できそうな、大型船に乗っていたメンバーもいますし、素晴らしいクルーザーに乗っていたメンバーも沢山います、そんな中「竹田を元気にしたい!」ただそれだけで穴があいた泥船に飛び乗ってくれたメンバーを僕は絶対に忘れませんし、裏切りません。飛び乗った瞬間に、人件費オーバーで沈みかけた事も一度や二度じゃありませんが笑
みんな未来が見えてなかったんです。どんなにいい場所にいようと未来がみえなかったら人間不安になるんです。しかしどんなに条件や場所が悪くても、僕達は「竹田を飲食を通じて元気にしたい」という共通の夢や未来を見る事ができたんです。

WOOD HOUSE(株)の由来は「温かい家族、温かい家」からきています。

僕は、小さい頃、木材に囲まれて過ごしてきました。 木材をみると温かい気持ちになり木材の匂いを嗅ぐと心が安らぎました。そんな心地よい、家族のような家をつくろうと設立したのがこの会社です。
会社=家族です。
自分は親父です。
僕の親父がみせた背中のように男らしい背中をみせる事が僕の一番の志事です。

うちの社員様やパートナー様への接し方を詳しく、取材して頂いた事がありますのでよかったら、みてください「男の背中」

そんな家族をもっともっと幸せになる為に、
Win with family(株)というグループ会社もつくりました。

この会社は、一言でいえばシンプルです。「家族と共に勝つ」 WOOD HOUSE(株)の家族がいるからこそ、次のステップとしてなくてはならない会社であり、マインドなんです。何をしていくか!?そんなものは何でもいんです。家族と共に勝つという覚悟はバシッと決まってますので、そこにくっついてみんなが楽しくやれることをどんどんやっていきます。

そして最後に、冒頭にある「愛」についてなんですが、この頃また愛の大事さを深く学んでいます。そんなの学ぶ事じゃないだろうって!!思うかもしれませが、今からの時代この愛がわかってない人に人はついてこないと僕は思います。
みなさんは「愛」と聞いて何を連想しますか?
誰を連想しますか!?
彼女(彼氏)嫁(夫)親友 家族 兄弟 犬 猫 など
人によって全然違うと思いますが、どうでしょうほとんどの方が連想されるのではないでしょうか??
僕が学んでいるのは「自己愛」です。
皆さんは、自分が好きですか?むしろ自分を愛してますか?
僕ね~今めちゃくちゃ自分が好きで(笑)
もともとですが、僕の短所はせっかち、長所は行動力、嘘をつかないだったりですがほとんどの人が、長所の自分は好きだけど、短所の自分は嫌いじゃないですか?
僕は短所がめちゃくちゃ嫌いで、そこんとこ徹底的に自分に言い聞かせるんですよ。
何かやろとした事も失敗したら、徹底的に原因追求してむちゃくちゃ自分を責めてたんです。その事に何も思わずやってきたんだけど、ま~余裕がなくていつもイライラしてる自分がいて、苦しかったな~って今は思います。
だって、耳元で誰かに、「お前のせいで」「お前のせいで」「お前のせいで」「お前のせいで」ってずっとネガティブに攻められたら、凹みますよ。
そんな事を自分にずっとやってきたんだな~って気づいたんですよ。
という事はですね、自分にやってるってことは、人にもずっとやってたんだな~って気づいたんですよ。
何か失敗した仲間にも、徹底的に原因追求してむちゃくちゃ責める自分がやっぱりいたんですよね。
だから今は、自分にとにかくやさしくします。自分の事は自分が一番守ってやらないと褒めてやらないと、笑わしてあげないと、余裕をもたしてやらないと、愛してやらないとって気づいたんですよ。
短所までひっくるめて自分を好きになれましたよこの頃(笑)
お蔭様でうちのファミリーも愛に溢れたメンバーばかりで、毎日楽しくやれてます。

極論愛がない人間には、愛がある人間はよってこないって事ですよ。
これからも大事な人を幸せにする為に、真っ直ぐ愛を叫んでいきますよ。

Without the region to each other looking to shop should not be

地域になくてはならないお店を目指す同志へ

「地方創生」
今もっとも地域活性化といったら耳にする言葉ではないだろうか!?

第9回居酒屋甲子園出場後、全国より沢山のお手紙を頂いたり、SNSからメッセージや直接大分まで会いにきてくださる方もおられました。
そのほとんどの方が言われた事、
「僕も生まれ育った町を飲食を通じて元気にしたい!」
「僕の町は、田舎で町に飲食店はほとんどありません! しかしお店を開業したいんです。」
「都会の飲食店で働いていましたが、何の為に働いているのかわからなくなった時、故郷で飲食店を開く事が使命感になり、今はそれを目標に頑張っています。」
「親父がやっている飲食店を継ぐ決心がつきました」
など、自分が生まれ育った地を活性化させたいと思っている若者達がこんなにいるのかと正直ビックリしたのと同時に、自分もその中の一人だと感じるとことで心強く、飲食店で地域から日本を元気にする事が必ずできると確信する事ができました。

ですが、やはり日本全国地方はどこも過疎化が進み、気持ちでは故郷を元気にしたいと思うがなかなか行動に移せない方も多いのが現実です。

そのような悩みも比例して、沢山の方に相談されました。
ですので、「地域になくてはならないお店を目指す同志へ」というテーマですが、ここでは今から故郷や地方で飲食店を開業しようとしてる方、現在地方で飲食店を開業された方、それと都会の飲食店の方がビックリするような都会と地方の違いなどについて楽しく、書かせて頂けたらと思います。

まず地方でお店をやるにあたり一番大事でこれがなければやれないという事があります。

オールコミット

全てに覚悟を決める。
これさえあれば、あとは何とかなります笑
そんなバカな!?と思われますが、僕も悩んだ末にこのオールコミットしたんです。
不思議ですが、覚悟決めた瞬間から景色は一気に変わり始めます。
どうやって売上をたてたらよいのか?
誰と一緒にお店をやるのか?
何屋をやるのか?
やり方?ノウハウ?何をする?
そんな事は後から考えたらいいんです。


大事なのは、何にオールコミット!!するのか!

メッセージを頂いたほとんどの方が、「故郷の為に」「地域をもっと活性化させたい」など何の為に~という在り方がバッチリ決まっているからもうすでにオールコミットしてるんです。
しかしほとんどの方が、オールコミットせずに先にやり方、ノウハウを真剣に考え結果、地域のせいにして、誰かのせいにして何もしない!最後は自分をせめて自信をなくしていくんです。

田舎や地方で商売をするのも難しいですが、それに勝らず劣らず都会で商売するもの難しいです。表裏一体!どちらの良さも悪さも両方でやった事のある自分は感じる事ができます。

僕が8年間店長やマネージャーをした福岡市は、人口150万人 全国的に比べても首都圏大都市の中でもトップクラスの人口の伸び率があり、若者の人口密度は目をみはるものがあります。

逆に、僕の故郷大分県竹田市は、人口2万4000人 日本一過疎化が進んでいるといわれ20年後限界集落として市として機能ができなくなる可能性があると言われ、75歳以上の人口比率は25%
65歳以上までいれると40%と真逆の動きをしています。
しかし、結果僕は、故郷でお店をだして本当によかったと心から言えます。
なぜなら、都会でお店をやろうとしていた時に、僕がしたオールコミットは
いい家に住みたい!
いい車に乗りたい!
いい女を抱きたい!
いい給料とりたい!
こんなものでした。
しかし、故郷で僕がオールコミットしたことは「生まれ育った故郷を飲食を通じて元気にしたい」ただこれだけでした。

2万4000人の町で飲食店を始めた僕に、沢山の方が批判しました。絶対無理だと!
しかし3年たった今でも、その店舗は増収増益しています。今季は前年比120%オーバーですし、3年の間に新たに3店舗出店していますし、4号店は、1号店のお店の隣に別業態でお店をつくりました。
結果がついてくると周りはチヤホヤしてくれます。 痛烈に批判されていた方々もなぜか応援してくれるようになるんです。
結果、まわりの声はまったくもって関係ありませんし、結果しだいで良い方にも悪い方にもいきます。
だからこそ、自分を信じ、オールコミットすれば後は、知識、やり方、ノウハウを真剣に考えるだけです。コミットしているんで、それは本気で考えます。僕の場合は、単純にもつ鍋専門店というお店だけじゃ、ひとっこ一人歩いていないこの町では絶対無理だと思いましたので、もつ鍋の宅配業務と全国発送を先に始めました。

それから、店内業務に関しては13席で始め、一人で毎日18時間以上半年休まず働きましたね。
無理しているようにみえますが、このぐらいやれば、誰でもお金は残りますし、生活はしていけます。ただプライベートの時間はまったくなかったですが、僕はプライベート = 志事なんで楽しく過ごす事ができました。

簡単にいうとこんな不思議な違いがでてきます。
これは、かなり極端に書いてますがうちの地方はかなり田舎ですので、誤解のないようにお願い致します。
家賃ですが、1号店の年間の家賃比率は2%です。
通常都会の方では10%はきらないと厳しいと言われていますが、10%以上のところは沢山あるでしょう。

ちなみにもう一つの4号店の家賃はもっとすごいです。
40坪4万円という家賃ですのでまだ低いです。
都会の坪単価がどんなに安い所でも、九州福岡市で1万円ぐらいでしょうか。
そこそこの場所になれば余裕で1万5000円以上はすると思います。

1万5000円の時に40坪60万です。
都会だと年間720万の家賃がかかる。もちろん借りる時の費用もかなりかかる。

竹田だと年間48万の家賃でやっています。 借りる時は何もかかりません。むしろ感謝されます。
月商平均250万 年商3000万のお店なら家賃比率 都会24% 竹田1.6%
という恐ろしい結果になります。
ですので飲食店の基本的な数字のとらえ方は、田舎に行けば行くほど大きく崩れます。

肩の荷がおりませんか?笑

もちろん都会には都会のよさがあります。
爆発的な売上をあげ多大な収益をあげる事も可能ですし、店舗展開なども早くできるでしょう。
田舎では、爆発的な売上はまずありません!
都会が5回転する場所があるなら、同じ時間でせいぜい1.5回転が精一杯です。

ただ家賃の話をしただけですが、田舎も捨てたもんじゃないでしょう。笑

お客様もこない時はまったくこないんで、都会に劣らず勝らずスリリングですよ。笑

いつの時代もたった一人の想いから、すべてのストーリーは始まっていきます。
僕達のストーリーもまだ始まったばかりですが、まだまだ楽しい物語が広がっていくはずです。

いつかみなさんのストーリーをお聞きできる日が来るのを楽しみにしております。

Restaurant of splendor

飲食店の素晴らしさ

一笑懸命に考えて創ったお店で、一笑懸命に考えた料理を、より美味しく伝わるように笑顔でお客様の心が温かくなるような接客サービスをし、「美味しい」「友達に紹介したい」「おかわり」など、お客様とお店側が通じあえた瞬間はどの喜びにも勝ります。

もちろん、力不足でお客様に満足して頂けない事も多々ありますが、「もっとこうした方が美味しい」や「今日の揚げ具合はいま一つやね」などご指摘を頂ける事が、その瞬間からのお店の成長にも繋がるので、お店はもちろんですが、人としても本当に成長できる職種であると思います。
まだ10年ですが、10年以上飲食の仕事を本気でしてきて本当によかったと今は思います。「故郷を元気にしたい」そう思ったのも、飲食業という素晴らしい職業に出会えたから、芽生えた気持ちなのかもしれません。
どんなに過疎化が進む町でも、日本一の繁華街でも、飲食業は繁栄する事でき、沢山の人に必要とされています。人それぞれの価値観が渦巻く現代で、飲食店も繁盛店があり、1年ももたず潰れていく店舗もあります。現代は「ただ儲けたい」ただそれだけでやっていけるほど飲食の世界はあまくありません。僕は、「ご来店下さったお客様の心からの感謝の気持ちを」大事にお店を運営しています。

鍋をつくる事は、誰でもできますし、揚げ物をつくる事も、ステーキを焼く事も誰でもできます。家でつくれるんです。わざわざ飲食店で食べなくてもいいはずなんです。
でも、わざわざご来店頂き食事をしてくださるお客様が何故今日お店にこられるのか?

一人一人にストーリーが必ずあるんです。
そしてそのストーリーのまえがきを僕達がつくる事もできるんです。


僕達でいえば、「日本一過疎化が進む町を元気にしたいと28歳の若者が福岡で飲食の修行をして、故郷にもどり、故郷の食材にとことんこだわったもつ鍋をだすお店をはじめたらしいから、今日はママの誕生日だから、もつ鍋食べにいこうか?」
そんな会話が生まれ、ご家族の大事な日を過ごして頂ける。
お客様の会話からご家族でご来店頂いたのは、お母さんの誕生日だからご来店頂いた事もわかる。そんな大事な日だからこそ、ストーリーの最後は感動してかえって頂こう。
バースデーサプライズでご家族が喜んで頂けるように!
一瞬一瞬の出来事に愛を感じ、お客様に愛をご提供する。
そんな事ができる職業もそうそうないと思うんです。
それがリアルタイムに毎日感じれるので、お客様へ愛を与え続ける事ができるんです。

その愛は料理にも必ずあらわれますし、店内清掃、スタッフの表情すべてにあらわれます。悲しい事にそんな事を何も考えず、どうやったらお客様がお店にくるのか!そんな事ばっかり考え、有料広告を乱発し、お店にとりあえず来てくれたらよい! 新規新規の繰り返し、そこにはまたこのお店にきたいというお客様の想いは一切なく、新規のお客様ばっかりを有料広告を使い獲得しようとする偽物の飲食店が多数あります。

偽物か本物かそれは、僕が判断する事じゃないですが、僕はそういう飲食店をする気はありません。ご来店頂いたお客様が「またきたい!今日の食事はここでよかった」ただそう感じて頂く為に、何をしないといけないのかをスタッフと共に真剣に考えたいと思います。

なかには、そこまで飲食店に期待してないと言われる方もおられると思います。
それはそれで、ごもっともですし、お客様がお店を選ばれるので間違いではありません。僕達はただ愛が溢れたお店を運営していきたいだけです。愛が溢れた方、愛を感じれる方にしか当店は良いお店と言って頂けないのかもしれません。

飲食店の素晴らしさというテーマでかなり脱線しましたが、飲食店と言ってもさまざまな飲食店があります。
65歳にして、夢だったトンカツ屋を始めた方のお店に先日行きました。
奥様が接客をされており、ご夫婦二人でお店を切り盛りされてました。

「父ちゃんの夢やったから」
奥様のその一言で、涙がでるぐらいいろいろなストーリーを感じました。

もくもくとトンカツを揚げる無口のお父さんは、愛に溢れてましたよ。

そりゃトンカツもごはんも漬物も味噌汁も美味いに決まってますよ。

そんな65歳からでも、人を感動させる事ができるのも、飲食店の素晴らしいとこ。

結果からいうと、飲食店が素晴らしいんじゃないんですよ!
愛がある飲食店が素晴らしいんですよ。
愛って何?
それはそのお店の店主、会社それぞれの愛の出し方があるから飲食はおもしろいんです。
そして、愛がある飲食店は絶対潰れませんから!!
僕達がこれから長年かけて実証してみせます。
そんな飲食店に是非いきましょう。
そしてそんな飲食店を共に盛り上げていきましょう。

Thought to family

ファミリーへの想い

一人で始めた、会社も現在は35名。
何名かが、いろいろな理由があり辞めていきましたが、ほとんどのメンバーが共に頑張ってくれてます。
小、中、高の同級生がMAX10名!
一人一人の、背景を語れば語りつくせない程のストーリーが一人一人にあります。
何人かだけここでお話しようと思います。

花苑泰樹(現在 大分市エリアマネージャー)

高校の同級生。
高校時代はお互い不真面目で笑
高校卒業後は、お互いまったく会う事もなく、2号店出店の準備をしている際に泰樹との出会いは偶然でした。
「よっちゃん、店始めたんやろ? 今日休みやけん店に行くわ!」
「ごめん、今日はちょうど定休日で」
そんなやりとりが二回ぐらいあった後、ひょんな事から
「飲みでもいこうかと、8年ぶりぐらいに会いました。」
フレンチレストランで10年近く働き、次期料理長という位置までみえていた泰樹は若い時から料理一筋で修行してきた、今どき珍しい仕事人。


そんな仕事人の二人が、久しぶりの再会関係なく仕事の話で盛り上がったのは
今でも覚えています。
泰樹が働いていた会社は、結婚式の式場などもする立派な会社。はたまた、うちのその時の会社の資本金は1円。しかも陽はまたのぼる本店しかない、年商2500万ぐらいの吹けば飛ぶような会社。

泰樹には、奥さんと可愛い子供が二人いた。
しかし、泰樹は現在の仕事に文句はなかったが、自分の心に疑問をもっていたのを感じた。このままいけば、料理長になるし生活も安泰!しかしなぜ仕事をしているのか自分の在り方の部分が自分でわからなくなっているのを感じた。

泰樹からみたら、「竹田を元気にしたい」ただその単純な在り方で突っ走っている俺をみて、何か感じるものがあったんだろうと思います。

その想いを感じた僕は「泰樹が乗っている豪華客船をおりて、いつ沈むかわからん泥舟やけど、竹田を元気にするという宝を目指して一緒に乗ってくれんか?」

とお願いをしました。
泰樹は悩まず答えをだしてくれました。
その瞬間握手をして、共に走り続ける事を決めてくれたんです。

その覚悟の決め方は男気があり、本当に尊敬しました。
そして、何よりもそこからの行動力にも関心させられました。

会社にしっかり義理をとおし、家族を説得し、期日をキチッと守り、入社してくれた。
泰樹は、今は会社に絶対になくてはならない大切なファミリーです。

本田智之(現在 竹田市エリアマネージャー)

高校の同級生。
大将(本田智之のあだな)とは、福岡の修行時代も一緒でした。
飲食の世界に21歳で入った時、パートナーとして選んだのが大将でした。
アパレルの仕事をやっていた大将に「飲食やろぜ!」って誘い共に飲食の修行を同じ会社でしました。
若い頃は同居もし、四六時中一緒でしたが笑
大将は、不器用ですぐパニックになり、決して素晴らしいプレイヤーではなかったですが、嘘をつかない、真面目、努力家、誠実、とにかく内面が素晴らしい人で俺は大好きだった。


そんな自分が誘った会社なのに、自分が先にやめ、故郷で店をやるといいだした自分にも、何も言わずいつも話を聞いてくれる最高の友達だった。
そんな最高の友達を一緒に、やろうと誘わないわけがなく、「一緒に店をやろう」「竹田を元気にしよう」と幾度となく声をかけたが、大将の答えはいつもノーだった。

その度に、ふりだしにもどし、「とはいってもな、俺は大将と働きたい!」と本気で誘った。
3カ月ひつこく電話を毎日して笑  5回目ぐらいでやっとオーケーしてくれた。

その時は、何回断られても俺は絶対あきらめない。いつか必ずオーケーしてくれる。それまで何回でもいってやると。前向きに笑顔で意気込んでいたのを思い出します。
そのぐらい、共に働きたかった最高のファミリーなんです。
もともと料理長でずっとやってきた大将ですが、料理はもちろん素晴らしいんですが、人に対する優しさやリーダーの質があるんで、今はエリアマネージャーをしてもらっています。
心がないと動かない! そんな大将は、一番同級生で会社に入社してもらうのに苦労した人です。

指宿洋(現在 陽はまたのぼる竹田はなれ店 店長)

僕達と二回り違うイブさんは今年で46歳。
イブさんとの初めての出会いは、福岡で初めてした飲食店のアルバイト時代でした。その時主任だった、イブさんはその時から仕事に真剣で、飲食の仕事を僕に初めて教えてくれたのがイブさんでした。
その時の、店長の傲慢さが当時若かった自分は納得がいかず、2週間で辞めるといって、その店舗は辞めるのですが、その時に系列の違う店舗の焼肉屋でも働いていたので、そっちで働くようになったのですが、ひょんな事から、イブさんが焼肉店の店長になり、一緒に働くようになりました。
仕事が終わって、疲れているのによくアルバイトの僕を飲みに連れていってくれました。仕事の話は一切せずバカ話をよくする素敵な人でした。


そのイブさんが会社を辞め別の会社にいっても連絡はたまに取り合っていました。後にその焼肉屋の店長を僕もしました。

そして、故郷でお店を開業して2カ月後、大水害がおき竹田市の町がとんでもない事態になった時(お店があるところはかろうじて大丈夫だった)福岡からわざわざ一睡もせず仕事終わりにボランティアにきてくれました。

そんな愛が溢れている人にあったら、一緒に働きたい。その後何度も電話でアプローチしました。
一番の問題は、福岡から大分に移り住まないといけないという事でしたが、そんなものは愛があれば大丈夫と説得!

二回りも下の僕に、じゃー一緒にやるかといってくれた時は本当に嬉しかった。
そんイブさんも今じゃ、会社の一番キャパの広い店舗の店長です。
スタッフの兄貴的な存在で、みんなしたってます。

三浦楓(現在 星の輝く空 アルバイト)

大分で行われた僕の講演会にきていた、21歳の楓は大学3年生。
その講演の1週間後ぐらいに突然の連絡があり、事務所で会いました。
「働かせてもらいたい! 自分を変えたい!」
強く想いを伝える彼をみて生まれてからの背景を全部話てくれといつも通りの面接をしました。
約3時間に及ぶ面接だったが、その内容は10時間にも及ぶ内容だったと思う。本当によくやってきたなと涙がでるくらいの話だった。


大分で行われた僕の講演会にきていた、21歳の楓は大学3年生。
その講演の1週間後ぐらいに突然の連絡があり、事務所で会いました。
「働かせてもらいたい! 自分を変えたい!」 強く想いを伝える彼をみて生まれてからの背景を全部話てくれといつも通りの面接をしました。
約3時間に及ぶ面接だったが、その内容は10時間にも及ぶ内容だったと思う。
本当によくやってきたなと涙がでるくらいの話だった。

小さい頃、物心ついた時から、祖父母に育てられた楓は、中学校でその理由を知り、鬱になりました。
それでも祖父母に、喜んでもらおうと、自分がしたい事ではなく、祖父母が喜ぶ事だけを考えてきた楓は、大学3年生になり、大学に行く理由を見いだせず苦しみまた鬱が発症しました。
楓は、僕の講演でとにかく自分を大事に(自己愛)自分が心から想う事を信じてという言葉に凄く共感したようで、自分が今まで、一番自分を傷つけてきた事に気づいたと話をしてくれました。だから大学も休学すると!

そんな彼が働きたいといってはくれていたが、大分市の2店舗は人員が多すぎて入れない、入ったとしても週1日ぐらいしか働けない。
その時、竹田市の2店舗だったらなんとかガッツリ働けるという状態でした。
中途半端はとにかく嫌なんです。うちの会社はファミリーは家族ですから、うちで働くならとにかく成長していける環境にいてほしいと常に思ってますから、楓に、「竹田の店舗で住み込みで働くか?」 と聞いたら、「働きたい」と楓がいうのでそれから、祖父母に会いにいき、彼の想いを尊重して一緒にバックアップましょうと話をし、店舗にお風呂とお湯がでるシャワーをつけ、寝泊りできる部屋を準備するなどして、楓が仕事を通して成長できる環境を整えました。
大学も休学し、1年間心身ともに成長できるよう頑張ってます。

今も、調子が悪い時などもあるようですが、うちのスタッフと毎日ミーティングをし調子の悪い時は休ませ、とにかく本人がワクワクして仕事ができるようにしています。

お客様の笑顔の為にと頑張りすぎるぐらい頑張る楓は、ほかのファミリーにも素晴らしい気づきをくれます。

楓も将来は、自分が病気になってわかる、精神病の方々がもっと社会にどうやったら復帰できるのかを、自分が示していきたいと、素晴らしいビジョンをもって頑張ってます。
自分から行動して、うちのファミリーになりみんなが可愛がる弟みたいなやつです。
これからの成長が楽しみです。

うちの会社のファミリーみんなに、素晴らしいストーリーがあります。全員分は書けませんが、少しご紹介させて頂きました。

今季、新卒で入社してくれた18歳のカナちゃんと、20才のヒロシも故郷竹田市の高校を卒業した本当に可愛い大事なファミリーです。

若手のファミリーが増える中で、現代の流れに敏感に反応し、若手に合わせていくのももちろん凄く大事な事なので、自分達も学ぶ気持ちを忘れないのも大事ですが、会社の心の軸として、



この5つを心にしっかりおきこれからも、WOOD HOUSEファミリーらしく型にはまらず個性的な一人一人の人間力をもっと高めていきます。

個性的なファミリー大募集です!

以前面接をさせて頂いた方で



僕達の会社なら、迷わずBさんを採用します。
実際にあった面接内容です。
何が言いたいかと言うと、まずは、覚悟が決まっているか! 一生の半分以上を注ぐ仕事に対して覚悟が決まってない人間はいりません。
逆に覚悟さえあれば、後は何もいりません!
そして、人の悪口や愚痴を言う人は必ずどこにいっても、悪いところを探し陰口をたたきます。そういう当たり前の事を面接の場でいうような人を、一から育てる暇はありません。その方がどんなに素晴らしい技術やマネージメント力をもっていようと、愛がある人間と比べたら、比べようがないぐらい小手先のものです。
もちろん他の会社では、わかりません。 あくまでうちの会社の話です。

ですので、うちは覚悟と愛さえあれば、何歳でもキャリアが一切なくてもウェルカムです。
履歴書もいりません!愛と覚悟だけもって、一緒に素晴らしい未来を切り拓きましょう。沢山の愛溢れるファミリーがまってます。
現在いる沢山の最高の仲間が、うちの会社を卒業する事になっても一生の家族ですから一生の友ができる職場と自信をもって僕がいいます。

最後に、僕はファミリーに対して感謝の念を強くもっています。
それは、言葉でいう事は簡単です。この気持ちを行動に移し一人一人としっかりコミュニケーションをとり、一人一人が日々感じる事、感じてほしい事をしっかり読み取り、感謝を自分なりの行動で示していく事が僕の使命です。たった一度の人生で、出逢えた最高の仲間ですから、とことん大事にする。
不器用ながらにこれからも一笑懸命みんなと走っていきます。

感謝。

A challenge and the history of the person

WOODHOUSEの挑戦と歴史

  1. 挑戦1

    たった1円で会社設立!?

    2009年
    氏田善宣福岡での修行時代に、資本金1円で会社を設立。
    会社設立と同時に、店舗を出店するつもだったが、力不足でお店をつくる事ができなかった氏田。
    しかし、日時日付をいれて決めていた自分との約束を破りたくなかったので、会社だけ設立。その時、どうせなら一番安い金額でと何も知らない氏田は資本金1円で設立したのだった。
    WOOD HOUSE(株)の誕生。

  2. 挑戦2

    日本一過疎化が進む町で出店!?

    2012年
    故郷を元気にしたい!その一心で故郷竹田市に陽はまたのぼる本店を出店。人口の極めて少ないところ、日本一過疎化が進む市、飲食をしていくのに不可能といわれる場所で、周囲の猛反対を押し切り出店。
    そこには、どうやったら飲食店が儲かるのか?が最初にあるのではなくなぜ飲食店をするのか?何の為に飲食店を開業するのか?と徹底的に葛藤した答え、在り方を大事に故郷竹田を飲食を通じて元気にする!という事に覚悟を決めた、出店だった。

  3. 挑戦3

    同級生をスタッフに採用!?

    ほとんどの方が同級生と仕事をするのはうまくいかない!
    沢山言われました。それは、自分達がやろうとしていないし、やった事がないから怖いから非難する。
    僕達は、同級生だからこそ竹田市を元気にという一つの目的の共有もしっかりできるし、自分より自分の事をわかってくれるメンバーだから、成長スピードも早いし、そこには、一切の妥協はなく、なあなあで仕事をやる事はなく、同級生同士でも時には厳しく、もちろん死ぬまでバカをして共に進んでいきます。
    新しい場所や目標をみつけ巣立った同級生も現在は2名いますが、竹田を元気にその想いが繋がっているので、この同級生10人は最高の家族であり、最高のパートナーであり、最高なヤツラです。

  4. 挑戦4

    日本一過疎化が進む町から、わずか2年で4店舗!?

    ビジョンや夢をしっかりみつめ、今目の前の目標設定を明確にとらえ続けた結果です。
    しかし、店舗出店がゴールではありません。
    店舗を増やす事がゴールならば、もっと出店します。
    店舗を出店するにあたり、出店する理由が必ずそこにはあります。その理由に、心の底からワクワクするのか!?なぜ出店するのか!?
    その自問自答に、自分自身胸を張って、出店したいと思えたからこそ、日本1過疎化が進む誰もが無理といった場所からでも、2年で4店舗出店できたのだと思います。
    ゴールを出店する事にせず、その先の繁盛店にいく道のりのイメージをしっかりしながら店舗を業態をブラッシュアップし続ける事をしているからこそ、増収増益を続けていけるのだと思います。
    これからも、出店理由があれば出店しますし、なければしません。そしてゴールはお客様の「感動した。 またくるね」 この一言の為にこれからも笑顔で走り続けます。

  5. 挑戦5

    全国1328店舗の頂点にたったのは、
    都会の繁盛店ではなかった!?

    日本一過疎化が進む場所で居酒屋を始めた会社が初めて参加した第9回居酒屋甲子園で、初出場で日本一に輝く。
    1328店舗の頂点にたったのは、都会の繁盛店ではなく、故郷を飲食を通じて元気にしたいと始めた会社だった。
    売上規模は3倍4倍と到底まわりの店舗には勝てない。
    売上をあげる戦略やサービス力もクオリティーが高すぎてたちうちできない。
    スタッフの人財育成やしくみもたちうちできない。
    しかし、故郷を愛する気持ちだけは絶対どこにも負けない!
    そのたった一つの気持ちだけを大事に、その気持ちの一点集中で臨んだ結果でした。

    自分達の長所をしっかりみつめ、その長所を強烈にとがらせる。短所はみないボーリングでセンターピンを当てないと、ストライクがでないように、センターピンを打ち抜く事に集中した結果です。センターピンをしっかり狙うからこそその後ろのピン(故郷愛)が全部倒れ、感動の渦が巻き起こるというシナリオをイメージしました。どこが自分達の一番の強みなのかをしっかり意識した中で、覚悟を決め挑戦する。最高のストライクでした。
    何よりも、支えてくださる沢山の皆さま、そして竹田市に感謝してもしきれない一生の宝物を仲間とつかみ取った最高の瞬間でした。

  6. 挑戦6

    100坪30席の5号店目をオープン前に潰す!?
    出店を辞めたとは言わない!

    大分市に会員制の水炊き専門店 初陽の出という水炊き店を開店しようと、今までで一番出店にお金をかけるつもりで、設計図もでき、スタッフも揃い、オープン日も決め、借入も終わり、メニューもすべて出来上がり沢山の人達が楽しみにしてくれたお店を、工事着工のギリギリでやめました。

    この事で、沢山の違約金もでましたし(1店舗つぶすぐらいの)いつも支えてくださる業者様にも迷惑をおかけしました。しかし、しっかりそこは義理を通し払うものはしっかり払い、謝罪する分は理由をしっかり伝え謝罪し、3日ですっかり何もない状態にもどりました。何故出店をとめたのか?それは、正直に自分がこの出店にビビったからです。

    今までは9対1で絶対いける。そう思って店舗展開をして勝負をしてきました。今回はそこの気持ちがどんどん下がり、ギリギリの段階では6対4まで気持ちが押されている自分に嘘をつき、ここまできたから引く事は出来ないと、かっこつける自分がいたりして葛藤しました。
    出店前に駅ビルができ人の流れが大きく変わり、既存店の売り上げなどが読みづらくなった事、そして、既存店の営業時間を一気に減らした事、この大きな二つの要因が自分の心を大きく揺さぶる出来事でした。

    その状態で出店するという事が、勝負ではなく、博打を打とうとしていたのだと気付いた時、何の為にこのお店を出店するのか!?原点に戻った時今回の出店は、自分がただやりたいお店!ただそれだけだった事に気づいたんです。そこに仲間の幸せなど、会社の発展などを後づけしている自分に気づきなんてカッコ悪いのかと一瞬で気づきました。 人の顔色をうかがって、誰の人生を生きてるんだと自問自答した結果。
    すぐ辞めました。
    お店をやる事は大変ですが、辞める事はもっと大変です。
    この出来事は自分にとって、会社にとって今後かなりのプラス要素になります。
    なぜなら、他人は「そんな店無理に決まってる」
    「ほらみてみろやっぱり出来んかった」とやってもやらなくても同じと思っているかもしれませんが店舗を本気でやると覚悟を決め、すべてが整った後で、真剣に考えて辞める覚悟をしたこの二つの覚悟に自分自身とんでもなく成長できたと今は感謝できるからです。

  7. 挑戦7

    竹田市から特別功労賞をいただく!

    居酒屋甲子園後、沢山の飲食専門誌から取材を受けました。
    嬉しかった。
    しかしそれよりも、これまでの会社がしてきた事を竹田市から表彰された事が人生の表彰された事で一番うれしかった。
    この時、氏田善宣という人間で賞を頂いたが、会社のファミリーと共に頂いた賞だという事は自分が一番感じています。
    居酒屋甲子園優勝も嬉しいが、何よりもこの賞は本当に今まで自分達がやってきた事が間違ってなかったと、やっと周りが認めてくれたその気持ちがとにかく嬉しかった。

    この感謝を竹田市に今から行動で示していきます。

Breeding of the yoshinori ujita

氏田善宣のおいたち

S58年 大分県竹田市に生まれる。

3人兄弟の末っ子として、元気に育ちました。

そんな二人の血をひく善宣は、父の頑固さと母の優しさを兼ね備えたまますくすく育つ。

  1. 小学校時代!

    商売がうまくいかず、夫婦喧嘩が絶えない毎日、家庭環境は最悪だった。
    その反動か、善宣は手がつけられないぐらいのガキ大将だった。
    悪い事は当たり前。

  2. 中学校時代!

    だいぶ落ち着いたが、家庭の夫婦関係は最悪で毎日、夫婦ケンカをする二人をみて子供ながらお金の怖さ、お金の大事さを痛感する。
    中学校2年でパチンコと出会う

  3. 高校時代!

    陸上で九州大会出場は何度かしたが、目標が低すぎやりがいを感じられずすぐ辞める。
    高校2年からは、毎日新聞をかかさず読み、イベントがある日はパチンコ屋に朝から並ぶ。夜は酒を飲んで友達と騒ぐ、昼からほとんど学校出勤の問題児。学校には無免で車通勤。
    高校2年の時から学校にいった日数は200日ぐらいしかなく、ギリギリで卒業が出来た。

  4. 社会人時代

    まわりの友達はほとんど進学をしたが、やりたい事がなかった善宣は、1年間何がやりたいか考える為に好き放題生きる。
    この時悪い事も沢山した。そんな自分が嫌だった。
    がむしゃらにもがいた一年だった。

  5. 専門学校

    アクセサリが好きだったので、シルバーアクセサリーをつくる専門学校にいく事にした善宣は、福岡にいく。
    まったく自分がしたい事ではないと気付き1年でやめる。

  6. 大分へ帰る

    父の木材業を手伝い、自分は何の経営がしたいのかを真剣に考え悩む。
    人生で一番悩んだ結果、林業の仕事中にチエンソーで足を切る。さいわい18針ですむ。
    悩みに悩んだ末、福岡にとりあえずもどる決心をした。

  7. 福岡へ

    21歳
    飲食業との出会い。衝撃的だった。夢がやっと決まった。自分の飲食店をもつ事。

    25歳
    飲食店を出店する夢を実現できなかった。
    自分との約束を守りたいその一心で資本金1円でWOOD HOUSE(株)を設立。

  8. 故郷竹田へ

    28歳になり、再設定した飲食店開業の夢を叶える為に選んだ場所は、故郷竹田だった。
    沢山の人に批判されたが、一人で始める。
    2年間で4店舗を出店し、居酒屋甲子園で日本一、竹田市より特別功労賞を頂く。

  9. 現在

    一人で始めたが現在WOODHOUSEファミリーは35名に!
    故郷を元気にしたいと集まった小、中、高の同級生は全部で10名(現在は8名)
    これからも、故郷竹田市がもっと元気な町になるよう、さまざまな展開を考えている。

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「飲食で日本を元気にしたい!」
愛する故郷のため立ち上がった男と仲間の物語
漫画「陽はまたのぼる」