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求人情報

個性輝く「十人十色経営」。

あなたの長所が必要です。
たった一回の人生、何をするかより、誰とするかを大切にしたい。

私たちは、飲食人としてのプロ意識を何よりも大切にしています。飲食を通じて人を幸せにすることもできますし、
大切な人に様々な形で感謝を届けることもできます。
マニュアルに沿った笑顔のないサービスがしたいのではありません。
レシピ通りの誰でもつくることができる、愛のない料理を提供したいのではありません。
お客様からの心からの「ありがとう」、心からの「美味しい」。
一緒に働いてくれる仲間の、心からの「ここで働けてよかった」。
取引企業様からの心からの「信頼とありがとう」。
十人十色経営で、一人一人が自分で考え、自ら行動に移し理念を体現することで、
たくさんの方から必要としていただける会社であり、お店であり、人であってもらいたい。
AIが加速する時代だからこそ、私たちは、一人一人を尊重した「人づくり」を大切に、愛が溢れた自走集団として、
これからの時代に必要とされる企業をファミリーみんなで目指していきます!

代表取締役 氏田善宣

竹田 LOCAL LIFE

自然と人とがつながる
自分らしい憧れの暮らしを

大分県竹田市。
大分と熊本の県境に位置する、のどかで自然豊かな城下町。

日本百名山「久住山」のふもとにマイホームを建てて暮らす日々。
1歳の息子と過ごしたあと、家族と愛犬に見送られ出勤。
お気に入りのイエローの車が紅葉の中に溶け込んでいく・・・

飲食の仕事は食材あってこそ。
古民家に住みながら休みの日には庭の畑へ。。
毎日違った顔を見せる大自然の中、四季を五感で感じる日々。
いつかはヤギや鳥も飼ってみたいと理想を巡らす・・・

いざ、出勤すれば、人口2万人のこの町では
顔なじみのお客様がいっぱい。
ご近所さん、昔からの友達、常連さまの家族連れ。
人がつながり、心がつながる。
人情溢れる城下町での仕事は、暮らしの一部に溶け込んでいます。

大分 CITY LIFE

ほどよい都会のこの街で
出会いと発見の毎日を

大分県大分市。
ほどよい都会でありながら、ちょっと行けば海も山もある素敵な街。

最近購入した自宅マンション。愛用のミルで挽いたコーヒーを片手に、街が一望できるバルコニーに出る。
スマホでの連絡を終え、仕事とのメリハリを意識してしっかり気分転換を・・・。

駅前の人通りが多い場所にある店舗には、自転車通勤がいい。
なんでも集まるこの辺りでは、車よりこれが断然便利。
奮発して買ったお気に入りのPCを持って、
"スタバで作業"ってのもやってみたいな・・・。

さあ、オフから「オン」へ。
大分県中心部のこの場所のお客様は多種多様。
仕事帰り、観光、出張、主婦、そして大学生も。
色んな人々が行き交うこの街での仕事は、
いつも出会いと発見にあふれています。

募集要項

WOODHOUSE株式会社では一緒に働いていく社員様(正社員)、パートナー様(パート・アルバイト)を募集しています。
接客、調理、経営など、自分の輝ける分野で一緒に働いてみませんか?

社員様について

WOODHOUSE株式会社では社員を「社員様」と呼んでいます。 ファミリーの一員として、人生を楽しく豊かに生きて行けるよう、最大限にサポートします。 入社後に「サーバー(おもてなしのプロ)」、「キッチン」、「マネージメント」などの役職から自分の進みたい方向を選ぶことができます。 社員社宅や各種保険など、福利厚生も充実。

募集対象 高校卒業済
募集職種 正社員(幹部候補・総務/人事・飲食事業・ウェルネス事業 )
給与 20万円〜50万円
(研修期間2ヶ月間は18万円)
賞与 年3回支給
(7月、11月、3月に支給)
諸手当 交通費支給(※上限あり)
勤務地 大分県大分市、大分県竹田市の経営店舗
陽はまたのぼる 竹田本店(竹田市)
陽はまたのぼる 竹田離はなれ店(大分市)
竹田タン処 かとう(竹田市)
竹田はつひので(大分市)
フルーツパーラー陽はまたのぼる(大分市)
スナックjolie&はた(竹田市)
熱波点⼼ 四川⼩⽫料理 愛心包(大分市)
勤務時間 14時30分〜24時30分
(休憩有り)
各種保険 労災保険/雇用保険/健康保険/厚生年金保険
福利厚生 社員社宅完備
制服貸与
家族手当有り

パートナー様について

WOODHOUSE株式会社ではアルバイト・パートを「パートナー様」と呼んでいます。 パートナー様は半年毎に必ず時給10円UP、友達紹介でお礼金などなど、稼ぎたいあなたの希望にぴったり! パートナー様から社員様への転向も大歓迎です。 他の職場や学校などのプライベートに支障がないシフト制なのもポイント。

募集対象 高校生以上
募集職種 パート、アルバイト
給与 時給 900円〜
(研修期間 100時間までは850円)
深夜22時からは25%アップ
土日は100円アップ(店舗営業時間中のみ)
諸手当 交通費支給(※上限あり)
勤務地 大分県大分市、大分県竹田市の経営店舗
陽はまたのぼる 竹田本店(竹田市)
陽はまたのぼる 竹田はなれ店(大分市)
竹田タン処 かとう(竹田市)
竹田はつひので(大分市)
フルーツパーラー陽はまたのぼる(大分市)
スナックjolie&はた(竹田市)
熱波点⼼ 四川⼩⽫料理 愛心包(大分市)
勤務時間 12時〜24時
各種保険 労災保険/雇用保険/健康保険/厚生年金保険
福利厚生 制服貸与

Voice
先輩たちの声

大手企業では感じられない、未成熟の会社だからこそのやりがい。転職を繰り返した末、「天職」に出会えた!

竹田タン処かとう 店長

加藤 淳也

僕は佐賀県で竹田市出身の両親のもとに生まれ育ちました。高校卒業後、セブンイレブンやドン・キホーテ、いきなりステーキなどで勤めたあと、2020年、コロナ真っ只中の状況でしたが両親の故郷の竹田市への移住を決意。
竹田市に帰省した際に両親とよく来た「陽はまたのぼる竹田本店」での、従業員の方が生き生きと働いている姿・美味しい料理・最後の外までお見送りしてくれる心意気を感じていた僕は、この会社で働きたいと思っていました。

偶然にも、移住のタイミングで正社員を募集しており、これはチャンスだと即応募。面接では、氏田社長、花苑専務の熱意とオーラを肌で感じ、この人たちとここで仕事がしたい!と心から思いました。

入社してすぐ焼肉店「星の輝く空」で修業。その1年後に店長に昇格させていただきました。しかも、「星の輝く空」を「竹田タン処かとう」としてリニューアルオープン。

なんと、店名に自身の名前をつけていただき、タンに特化したお店をつくりたいという僕の想いを尊重し、今回大きなチャンスをもらっています。

僕の私見ですが、WOOD HOUSEはこんな会社です。
①WOOD HOUSEは現場・個人に権限委譲してくれる会社
現場がお客様の事を想い、関係業者様を想い行動することを後押ししてくれます。

②WOOD HOUSEは夢を語る事が出来る会社
焼肉竹田タン処2号店出店したい!
農業分野を立ち上げたい!
将来、竹田農村回帰民宿をしたい!

③WOOD HOUSEは夢だけではなく自身と家族の幸福を目指す会社
大きな企業、小さな企業を見てきた私だから言えます。弊社は日々、進化し向上し続けています。店舗経営もそうですし、会社組織としても。給与・賞与・昇給・休暇など待遇面も昔は整ってなかったそうですが、いまでは休みも増え、コロナ禍でも給与が上がりました。これからいい会社にしていくんだという覚悟の現れだと感じています。

最後に
私はもっと仲間を増やして色んな事にチャレンジし幸せを共有したい!
竹田市いい田舎ですよ!夜、鹿やキツネに会えます!自然を感じながら地域必愛人となるのであれば竹田エリアをオススメします。空き家紹介などもあり一緒に農村回帰しませんか?
転職を繰り返してきた私ですがここに転職しないことを宣言致します!

学生時代のアルバイトからそのまま入社。入社理由はここの人が好きだから。社名のとおり、素敵な仲間が集う「木のお家」。

フルーツパーラー陽はまたのぼる 店長

平川 華菜

「友達の結婚式のご祝儀代を稼がねばっ」
私がWOOD HOUSEに出会ったのは二十歳の大学生の時でした。
知人の紹介で大分駅前の居酒屋「竹田はつひので」にアルバイトとして入ったのは4年前。今では新業態のフルーツパーラーの店頭に立ち、また、全国の店舗プロデュースにも携わる日々を送っています。

一期一会ということわざがあるように、どの出会いも全ては必然でご縁があってのものだと思っています。
私がたまたまWOOD HOUSEに出会い人生が変わったように、皆さんがこのページを開いて私の文章を読んで下さっているということは、これも何かのご縁で、何かの運命の歯車が動き出したのかも知れないな・・。そんなことを考えながらこの文を書いています。

初めまして。読んでいただき本当にありがとうございます。
「フルーツパーラー陽はまたのぼる」店長、23歳の平川華菜と申します。

言葉選びも下手くそな小娘ですが、ありのままを素直に書くので最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

アルバイトとして入った半年後、私は大学を中退しWOOD HOUSEの社員になることを決めました。
入社を決めた理由はシンプルに「会社の仲間が大好きだから」。この気持ちは現在も、揺らぐことなく変わっていません。

WOOD HOUSEという社名の由来(木の家=温かい家、温かい家族)の通り、弊社はとても心優しい人ばかりです。私が仲間たちから感じる優しさはどんなときも「あったかい」です。まさに社名の通り。

仕事をしていると悩みは尽きませんし、立ちはだかる壁も後を絶ちません。
でも、「ピンチはチャンス」という言葉を体現してくれる仲間を見て、元々超ネガティブでマイナス思考の私が、何かあっても「これも成長のチャンスかも!?」とピンチを楽しめるほど成長させてもらっています。

今では笑い話になりましたが、パーラーがオープンして4ヶ月後、忙しくなるクリスマスを前にして、私は体調を崩したことをきっかけに心が折れ、そのまま無断欠勤。誰とも連絡を取りたくない気持ちから数日間連絡を絶ちました。
いわゆる、「飛んだ」というやつです。

その頃の私は、初めての役職、初めての業態、初めての部下にどうしていいか分からず、頑張り方も頼り方も分からずの毎日。そこに、期待に応えたい、頑張らなければという前向きな気持ちが入り混じり、心、頭、体のバランスが取れなくなってキャパオーバーを起こしました。
これ以上続けたくないと、連絡を絶ち家にこもって転職サイトを見漁りました。しかし、サイトでいろんな企業の募集内容を見ているうち、飛んだ後ろめたさや罪悪感から、いろいろな理由をつけて仕事を辞めようとしている ”逃げている自分” に気がつきました。
これではいけないと、あらためて素直に自分の気持ちに向きあってみると「ストン」と答えが出ました。「やっぱりここで働き続けたい」とそう思っている自分がいました。

ある意味、辞めるよりも戻る方が勇気が必要でした。でも、自分の心に素直になって「ここで再び働きたい」と、上司や仲間に心から謝罪しました。クビになってもおかしくない状況でしたが、みんなはあったかく迎え入れてくれ、今も私はここにいます。

飛んで仲間に迷惑をかけ、大切な人たちをがっかりさせたからこそ、WOOD HOUSEに骨を埋めるくらいの覚悟が出来ました。
覚悟がある人はめちゃくちゃカッコイイと思います。
覚悟を持って、仕事を仕事ではなく”志事”としている大人に憧れますし、弊社はそんなカッコイイ背中ばかりです。

いつだって「やる」か「やらないか」ですよね。
「やらない後悔」より「やる後悔」を選びたい。
私の好きな言葉は「やるか、やらないか、我(が)を裏切れ!」です。

一度きりの人生、よかったら、過去の自分をどんどん裏切って、グングン自分を成長させて、共にワクワクしませんか?

一期一会。
これを読んで下さっている貴方と、一緒に「志事」をし、カッコイイ大人を目指せる日を楽しみにしています。

東京や愛媛で料理人として35年。自分にしかできない使命を感じて入社。人生の2ndステージは大分で。

四川小皿料理 愛心包 料理長

岡田 哲弥

私は愛媛県松山市で生まれ育ち、16歳の時に東京に出て、中国料理の世界に飛び込みました。
何もかも分からない世界、友達や知り合いも皆無…バブル期だったこともあり、ライバルだけはウジャウジャいる中でのスタートでした。今思えば無謀な挑戦だったかもしれません。

とにかくやるしか無い状況で、ひたすら上を目指してやってきました。何度も挫折しそうになりましたが、いつの間にか自然と周りから評価をいただき、料理長として店の管理を任される立場になっていました。

それまでの道も簡単ではなかったですが、料理長として責任を全うすることやマネジメントの大変さはそれ以上のものだったと思います。

料理人として一人前になった頃、母親の体調が悪くなり、看護の為に前職を退社して実家に戻りました。
しかし仕事をしなければ、生活が出来ません。料理人も諦めかけていた所に、WOOD HOUSEの求人募集を

見つけました。
私には縁のない大分の会社でしたが、不思議にも(今でもなぜかわからないのですが)応募の連絡をしていました。その後、氏田社長とオンラインで面接をさせてもらい、社長の熱意、中華業態への新たな挑戦への覚悟を感じ、「自分のこれまでの経験が役に立つなら」と、WOOD HOUSEで働きたいと思うようになりました。
一方で、母親の体調のことが気がかりでしたが、母親や身内、友人達から「自分を活かせる場所で仕事をやった方がいい」と促され大分に行こうという決心に至りました。

WOOD HOUSEでは、新しくオープンする中華酒場の料理長を任されています。お店の名前は「愛心包(AI SHIN BAO)」。
全てのお客様に、心を込めた「愛」のある料理を提供し、お客様の笑顔で溢れるお店へ。気の合う仲間や、ご家族の普段使いでも、またハレの日の特別なお食事会でも、それぞれのお客様に寄り添える料理をお出ししたいと考えております。

そして私にはもう一つ、大きな使命があります。それは次世代の料理人の育成です。
料理の世界に入って35年。私が先輩方から受け継いだ「技術」や「知識」を次世代の料理人に引き継ぐ。時代はAI化が進んでいますが、人の手によって心を込めて作られるものこそ感動が生まれると信じています。この会社で一人でも多くのプロの料理人を育てる、それも私の大きな目標です。


これをお読みの方で、これから料理の世界に飛び込みたいと思っている方もいらっしゃるかと思います。
最初は誰しも素人です。料理人の世界は厳しいイメージもあるかも知れません。しかし同じ釜の飯を食った仲間達との絆は他に代えられません。たとえ店が変わったり、住む場所が変わろうとも一生付き合える仲間が出来ます。私も当時の師匠、先輩、後輩たちに未だに力を借りたり、知恵を貰ったりしています。彼らとの絆は自分にとって貴重な財産です。
幸いなことにWOOD HOUSEには助け合い、励まし合い、競い合う仲間。そしてサポートしてくれる同士がいます。
経験や知識は無くてもいい。もしも興味を抱いた方がいればプロになってみませんか?自分の作った料理でお客様が喜ばれる様子やお言葉が頂けるのは、他では味わえない幸福感があります。
よかったら、仲間として同士として、人生の貴重な時間をともにしましょう!

「地元のために一緒にやろう」と言ってくれた社長の想いに共感。
妻、息子、友人たちと叶える、田舎だからこその働き方。

竹田エリアマネージャー

本田 智之

私は飲食店の仕事に就いて前職を含めて18年になります。
前職は20歳から福岡の店舗で勤めていましたが、30歳という節目の年齢に近いたころ、これからの人生を真剣に考えるようになりました。
10年間がむしゃらに働いたけど、「いきがい」や「覚悟」を見出すことができなかった・・・。
飲食業界の仕事を辞めようと考えるようになっていきました。
そんな折、地元の同級生であり、一号店を立ち上げて間もなかった氏田から連絡がありました。
「おれたちで一緒に竹田の町を元気にしよう‼︎」
そんな突拍子もない誘いに、飲食業以外の仕事に心が揺れていた私はその話を断りました。
しかし、その日から毎日のように、
「竹田を元気にしよう‼︎本田の力がいる‼︎」と、電話がありました。
一ヶ月ほど経った頃、懲りずに電話をくれる氏田の熱意と覚悟をヒシヒシと感じ、
これまで中途半端だった自分でも、何かいきがいを見出せるのではないかと、入社を決意しました。



いま、私には「いきがい」があります。
WOOD HOUSEの企業理念である、
「地域必愛人〜So many men. So many minds〜」。
感謝、感動、礼儀、愛を重んじ、地域に必要とされ愛される人となる。

この理念を体現することが、自分の使命となり、いきがいとなりました。
以前の私は大きな目標を持つことができず、
夢を語れる人や、目標に向かって一生懸命な人に対して、
嫉妬心や後ろめたさを感じる、自信のない人間でした。
「地域必愛人になる」ということが、私にとっての初めての目標となりました。

飲食業を通じて、故郷である竹田市の素晴らしさにも気づかせてもらいました。
新鮮なお野菜をはじめ自然豊かな竹田ならではの素材の豊富さ。
地域の方々、地元業者様の応援無くして今現在の自分達はありません。

私自身、地元の女性と結婚し、1才の息子がいます。
2年前には家を建てました。それは、竹田で生涯を遂げる覚悟のためでもありました。
息子には自分と同じように、竹田の温かい人に囲まれて育ってもらいたい。
そして、自分と同じようにこの町で暮らしたいと思ってくれるように頑張っていきたいと思っています。

私は竹田エリアのマネージャーをしています。
一緒に働くスタッフがやりがいを持って、働きやすい環境を作ることが使命だと思っています。
各店で店長をしてきた経験を活かして、仲間と共に学び、成長していきたいです。

飲食の仕事が未経験な方でも、具体的な目標や夢がない方でも、大丈夫。
人に喜んでもらいたい。何かに一生懸命になりたい。共に喜びを分かち合える仲間と働きたい。
そんな想いのある方なら、きっとWOOD HOUSEで目標が見つかります。
ぜひ、ともに目標に邁進しましょう!

人口2万人の町に夢への入口があった。
大阪から竹田に移住し「生き方・生き場所」が見つかった。

スナック jolie&はた ママ

畑 来実世

WOOD HOUSE株式会社にご興味をお持ちくださり、ありがとうございます。
「スナックjolie&はた」で“ママ”をしております、 畑来実世と申します。
私からは【旅先に暮らし、旅先で生きる】をテーマに、大分県竹田市のこと、弊社のこと、自身のことを紹介させてください。

大分県竹田市は大分県の南西部、九州の真ん中に位置する人口約2万人の小さな田舎町です。
くじゅう連山、高原、渓谷…と手付かずで豊かな自然、また日本一(世界一!?)の炭酸泉である長湯温泉、日本名水百選に選ばれる竹田湧水群は、古くから地域の方々の暮らしを支え続け 現代の私たちも“日常すぐそこ”に土地の恵みを受け、それを感じることができます。
国指定史跡 岡城跡の歴史が残る、おごそかで素朴で温かい空気の城下町で『スナックjolie&はた』は お商売をさせていただいています。

大阪に生まれ育った私は、はじめて旅行で訪れたことをきっかけに、2013年に縁もゆかりもなかった竹田市へ単身移住しました。
当時の私は、30代となっても「何をして生きていくのか、どんな人生を送るのか」という将来像が見つけられずに仕事と家の往復の日々を過ごしていました。今思えば、きっと「生き方探し、生き場所探し」をしていたのだと思います。
そんな折、竹田に初めて旅行で訪れた時、城下町の風情と、包み込まれるようにゆっくり流れる空気感、そして優しく親切な町の方々との出会いから「この町で生き、暮らしてみたい」という感情が芽生え、移住に向けて運命の歯車が一気に回り始めました。

大阪での職歴は事務職がもっとも長く、竹田市に移住後も地元企業で事務員としてお世話になりました。
移住5年目を迎える節目で「竹田市に根を張って、自分らしく生きたい。そのためには独立して看板を持った生き方を」と、一念発起。長かった事務職を辞め、定食屋さんを開業しました。
沢山の人と出会い、多くの経験をさせていただき1年が経つ頃、人口の少ない町でランチ営業のみの利益構造や継続性の限界に気づき、お酒を出すスナック業態を視野に入れて次の物件を探すようになりました。
そこで出会ったのが弊社代表の氏田でした。
私の状況や地域への想いと、「地元で夢がある人を応援したい」「竹田市を飲食で元気にしたい」という氏田の想いが重なり、WOOD HOUSEの一員として『スナックjolie&はた』をオープンさせていただきました。

『スナックjolie&はた』は、以前、化粧品店「ジョリー紅屋」さまだった空き店舗に入らせてもらっています。店名のjolieは、50年間営まれたジョリー紅屋さんの歴史と、この町の新たな未来をつないでいくという想いで残させてもらいました。
お店を営業させてもらっていると、こちらから出向いて行かなくても会いに来てくださるお客様がいる。縁もゆかりもない旅先に暮らし、そこに生きて、そんな私を町の一員だと認めてくださっているように思えて「じ~~ん」ときます。「私という存在、自分の人生は確かに今ここにある」と実感させてもらえ、感謝があふれてきます。

歳をとっても今のようにお店に立ち、いつまでも竹田のまちづくりに関わりたい。そしてこの町に根差した人生を送りたい。そう思って暮らす日々です。

もし、かつての私のように「生き方探し、生き場所探し」に迷っている方がいれば、ぜひ大分県へお越しいただき、私たちWOOD HOUSEの仲間に会いに来てくだされば、嬉しいです。
大分県竹田市城下町、『スナックjolie&はた』で灯りをともしてお待ちしております。

ダメ男だった自分を仲間たちが変えてくれた。落ちこぼれの気持ちが分かるからこそ、社員に寄り添って成長していきたい。

専務取締役

花苑 泰樹

WOODHOUSEに入社したのは29歳の時。
僕は以前フレンチの料理人として10年間修業していました。しかし未来が見えず家庭も仕事もうまくいかずに毎日飲み歩いていました。
経験は積んだものの「今後自分はどうしたいのだろう?」と人生について考え悩んでいた頃、中学からの同級生だった氏田と偶然再会しました。

子供のころよく遊んでいた氏田が会社を興し、「過疎化が進む地元の竹田市を元気にしたい」という熱い想いで飲食店を開業し、必死に頑張っているその姿に感銘を受け、「一緒にやりたい!!」と握手を交わし入社を決めました。
想いを持って入社したものの、料理一筋の人生を送ってきた僕は大分市の新店舗の店長を任されてすぐに挫折を味わいました。新店舗がゆえにお客様が全く来なく、チラシ配りと掃除ばかりの毎日でした。あの時期は不安でたまらなく、結果が出せない自分に自暴自棄になりました。



そんな時、氏田、本田を始めとする当時の仲間たちが、本気で課題に向き合い、たとえ一組のお客様だとしてもご来店からお帰りになるその瞬間まで、どうしたら喜んでいただけるかを考え行動していました。毎日営業後にみんなでミーティングを行い一日の振り返りを行いました。自分としてはホールサービス、数字管理など今までやったことのない業務に不安を感じていましたが、常に前向きに学び成長しようと頑張る仲間に支えられ、スキルだけでなく大切な心構え、考え方を教えてもらうことで自分も成長することができました。

のちに、もっと竹田市の事を知ってもらいたい!と『第9回居酒屋甲子園』に出場することになります。『必ず優勝して、全国に竹田市を広める』という大きな目標を掲げ、みんなで目標に向かい、励まし合い、営業後も練習に明け暮れました。そしてその結果、出場1328店の中、全国優勝することができました。
この経験から、目標を持つことの大切さ、懸命に努力することの大切さ、それを叶える喜びを教えてもらいました。

当時は会社規模も小さく、社員も少なかったのでこの時のように気合と根性で乗り切ることもありましたが、一方で、多くの個性ある人材を雇用していく中、労働環境や就労時間などが原因で辞めていくメンバーがいました。
どうすればみんなが笑顔で働けるか?やりがいをもって仕事ができるか?と試行錯誤しながら、少しずつですが会社として仕組みをつくり、働きやすい環境づくりに努力してきています。
これからは、よりやりがいを感じながら学べる環境を作ることと、スキルだけでなく人としての在り方をしっかり伝え一人一人がその地域に必要とされ愛される人間になれるように、会社としても、個々のメンバーも成長していきます。

完璧な人間はいません。どんなにすごい人でもいいところもあれば悪いところもあります。だからこそ、一人一人の個性と長所を伸ばし、仕事を楽しんでもらいたいと思っています。
僕自身、この立場になってまだまだ未熟です。謙虚な気持ちで常に学ぶ姿勢を持ちつづけます。そして、「未来を語り人を魅了する影響力」を身に着けられるよう努力していきます。
僕らはまだまだ小さな企業ですが、オープン当初からの情熱は変わっていません。
人生は一度きり。人生の主役は自分。
目標をともにできる仲間たちと、常に挑戦していけたらうれしいです。

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